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ニワトリとタマゴ 重箱の隅の戦い

重箱の隅をつつくような、どうでもよさそうな細かい話やネタ話。おもいついたら即暴走。

「ロマン」という言葉は門外漢の使う妄言だろうか? 

好きな業種だったり、伸び代が天井知らずな業種とか。ひと山当てられそうと直感したなんてことも。嫌々選んだ仕事でない場合、一番最初は何かしらそこに「ロマン」があると思ったこと、無いでしょうか?打算や数字だけで図れない、「これやりたい!」っていう気持ちです。ですがいざ仕事にすると、当然ですが現実を嫌というほど見ることになります。最初に感じたロマンは時間と共に薄れます。いきなり壊される場合もあります。やがて俺の仕事にロマンなんかどこにもねぇ!!って思うようになります。そしてコズミックフロントを見て、「宇宙ってロマンがあるなー」と勝手なことを言うようになります。

 

ロマンという言葉は、自分的には好きでもあり嫌いでもある言葉です。その時の気分で使い分けます。ダブルスタンダードですが、それがロマン、なんちって。(すいません)

 

ロマンという言葉は門外漢の妄言か?

 

ロマンの言葉の意味

言葉の定義を調べました。

広辞苑
【ロマン】
夢や冒険への憧れを満たす事柄。

一言でいうなら、これだ!って気がします。さすが広辞苑。

wikipedia
【ロマン主義】
それまでの理性偏重、合理主義などに対し感受性や主観に重きをおいた一連の運動であり、古典主義と対をなす。

ちょっと難しいですが、数式だけでは図れない事もあるから大事にしよう。ってことでしょうか。

ニコニコ大百科(仮)
ロマンとは、自我の欲求からくる実存的不安、さらにはそこから派生する個人的感情、オリエンタリズム、神秘性を追求した精神主義、精神運動の総称である。
日本では「浪漫」と訳され(意訳したのは夏目漱石)、明治中期から昭和初期まで影響を与えていた。

対義になるのは古典主義で、理性、論理性を追求した思想である。ローマ帝国時代には、政府が古典主義であるのに対して、庶民はロマン主義であったといわれている。

今現在の状態に満足できないから、情緒的だったり神秘的だったりする物を追求する、と解釈。すごくそんな気がします。


つまりは心情的に満たされるものに対する憧れ、といったところですね。メンタルにウェイトが置かれています。

 

隣の芝は青い

登山家やスポーツ選手、トレジャーハンターに宇宙開発。こういった業種を見ると、自分と違ってなんてロマンのある仕事をしているんだろう、羨ましいなー素敵だな。などと勝手な妄想を膨らませてしまいます。もちろん、そもそも自分と比較すること自体がおこがましい、くらいの自覚はあります。

 

隣の芝は青い、というやつです。眩しく見えます。うちの芝はこんなボロいのに、どうしてお隣の芝はあんなに綺麗なんだろう、と。隣の芝が特殊で、何もしなくても綺麗で枯れずに伸びもしない、完璧超人のような芝という可能性もありますが。でも大抵は、芝を綺麗に維持するために、見えない所で実に現実的なメンテナンスをしている訳です。水撒いたり適度に刈ったり、肥料や張替え等。そうやって青い芝を維持している訳ですね。完璧超人の芝でも、実態はものすごく高価だとか、実はおいしいんで野良ヤギに率先して食われるとか、色々苦労がある筈です。(私が勝手に妄想した芝の話です)

 

という訳で、現実を知ったら、そこにロマンなんか無いじゃないか!っていうことはよく有ります。手品のタネもそうですし、人気芸能人の私生活とか、知らない方が幸せということもあります。見えそうで見えないのがロマン!という物もあります。何かはご想像にお任せします。

 

とはいえ、青い芝を見なければ、自分の芝の価値も判らないですし、そもそも芝を維持する気すら沸かないかと思います。やっぱり青い芝にはロマンを感じます。それが無いと日々無感動です。つまらないです。

 

酸いも甘いも噛み分けたロマンの在処

自分の芝の惨状と、綺麗な隣の芝の苦労ある現実を知った上でなお、自分の芝にロマンがあると言える人は、本当にすごいと思います。良い所も悪い所も、誰よりも深く観察して、それでもなお「うちの芝にはロマンがある」と言えたら、間違いなくエキスパートです、大抵は。悪い所が全く見えていないだけ、という残念な場合も有ります・・・


登山家はいつ死ぬかも知れない過酷な環境で山に挑んで、私ごときに計り知れない様々な壁を乗り越えているでしょう。それでも登山にはロマンがある、と断言する人を見ると、本当に尊敬します。頂上につくとロマンがある、といった局所的な事でなく、「登山」というカテゴリ自体に大してロマンと言えるのがすごいです。見えそうで見えないのがロマンだけど見えたのもまたロマンです。何かはご想像にお任せします。

 

ロマンが無いと思った専門家でも、別の視点が見えたときはロマンを感じることもある

では自分のような重箱の隅が好きなエンジニアにはロマンが全くないか?というと。たまにはいい事あったりもします。ちょっと例が出しにくいのですが。意味判らなかったらすいません。
PCの自作が好きな方の話で出るのですが、例えば

「このマザー16フェーズの電源つかってるから安定してる」
「日本製の固体高品質コンデンサ使っててすげー」

といったような話です。自作している時点までだと、大体ここら辺までの目線です。自分もそうでした。ですが、実際に設計をしてから見るようになると、

「このマザーの電源パターン細くてダメそうだな、viaも少なくて内層電源弱そー」
「1次側の電解コンの配置、デコデコ直近でいい感じだね」

等といった、部品配置やパターン設計にも目がいくようになったりします。それまでとは違う見方を知ります。これ初めて目線変わった時は、結構感動でした。秋葉原でマザーボード見てる時に、今までの自作マニア的目線とは、全然違う姿が見えてきたから。ずいぶん昔の話ですが、自分の仕事で一番「ロマン」を感じたのは、この時かと思います。(こういった話も専門的に記事にしてみたい気もしますが。。。うかつにNDA抵触するようなこと書いてないかとか厳密にチェックしないといけないんで大変そうかな・・)

 

それでも宇宙ってロマンがあると思ってしまう

それでもやっぱり日常業務になると、「俺の仕事にロマンはねぇーーー!」って思います。エキスパートにはなれそうにありません。そしてコズミックフロントを見て、毎週「宇宙すげーー!超ロマン溢れてる!!」と勝手なことを叫んでます。スケールが大きすぎてロマンを感じずにはいられません。宇宙。

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

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