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ニワトリとタマゴ 重箱の隅の戦い

重箱の隅をつつくような、どうでもよさそうな細かい話やネタ話。おもいついたら即暴走。

生まれた時から「当たり前」な物に特別な興味を持てるのか?

身の回りには「当たり前」がたくさん有りますよね。「当たり前」に支えられて今日もみんな生きてます。空気やカレーやスマホとか。説教したり文句言ってる訳では無いです。「当たり前」として認知されている物は、むしろすごいです。有って当然。でも無いととても困る。特に人の手で作られて、そんな地位まで上った物は、間違いなくすごいです。

 

「当たり前」と「当たり前じゃない」の違いは人による

それこそ当たり前と言われそうですが、「当たり前」の定義です。法律で決まっている訳ではないので、人それぞれの価値観や環境で変わります。例えば

空気
多少の差はあれど地球上に居れば当たり前。

カレー
日本では庶民的な価格で当たり前に飲める(食べられる)。でもナニソレ?っていう国も有るかもしれない。

スマホ
日本だけでも、当たり前か当たり前じゃないかに分かれる。主に世代的な差。(くつみやは残念なのでガラケーです)

 ポイントは、地域だけでなく世代によっても「当たり前」に違いがある、ということです。
初代iPhoneやAndroidスマホが出てきたのが2007~2009年頃だったかと思います。よって2015年現在でスマホを使っている人の多くは、ある程度成長してからスマホに出会った訳です。はじめてスマホを見たとき、「なんか便利そうですごそうなのが出た!」って感じの当たり前じゃない出会いがあって、使っているうちに「当たり前」になりませんでしたか?私はそうでした。今はガラケーですが。タブレットは使ってます。


「そんな物必要ない!」って見もせず切り捨てちゃった人たちは、今回は置いておきます。(老害についても書いてみたくなりましたが、また別件で)
それに対して、物心つく前からスマホが身近にあった人はどうでしょう?なんかよく判らないけど、あるのを見て育った、生まれた時から「当たり前」にある物です。

 

必要最低限の興味と、より追求したい興味

興味、好奇心といっても良いです。ややこしいですが、好きとは違うこともあります。スマホと当たり前じゃない出会いをした人たちは、まず何ができてどう便利になるのか?という、使うための最低限の興味を持つ筈です。大抵はそこで満足して、「当たり前」の道具のポジションに納まります。ですが、まだ興味の尽きない人も中には居ます。新しい使い方を模索したり、プログラム書いたり、ハードに興味を持ったり。より追求するために特別な興味を持つ訳です。

 

不便から始まる更なる追求

より追求をし始めると、必ず不満が出てきます。速度、機能、使い勝手。配布されてるソフトで解決することもあるでしょうが、自力で作ったり改造したりと更なる追求を進める人は、やがてエンジニアになるかもしれません。(ハード面は昔に比べるとかなりさわりづらいですが・・・)

 

当たり前すぎて興味を引かないと停滞、衰退する

スマホに関して言えば、生まれた時から当たり前な世代でも、特別な興味をもつ人は多いと思います。理由は、まだハード面もソフト面も進化の過渡期だからです。大きく進化したスマホを見たとき、当たり前じゃない出会いをする機会がきっとあるでしょう。


今度は自動車を例にあげます。「最近の若者はいい車に乗りたいという目標が無いのか?」と言った団塊世代の方が居ました。恐らく同世代の方々が、自動車との強烈な、当たり前じゃない出会いをしたのでしょう。自動車が生涯特別な存在になる位に。ですが、言うところの最近の若者にとっては、自動車は当たり前の移動手段の一つでしか無い訳です。生まれた時から見てる、乗ってるから。特別な興味を示す人は、団塊世代の方に比べたら、はるかに少ないことでしょう。移動や買い物だけなら軽自動車で十分です。最低限以上の要求に答えてくれてます。やがて、もし興味の無い人が開発側にも増えていくと、いい物が作れなくなる。好きじゃないのはまだ良いけど、興味が無いのは良くないです。当たり前のポジションを獲得した物が衰退していくのは怖いです。燃料電池車が起爆剤になるといいな、とは思います。

当たり前を見直す興味の再発見 理屈抜きで「かっこいい」と思わせたら勝ち

 それでも自動車に特別な興味を示す若い人だっています。誰もが乗ってる鉄道や飛行機でも同様です。夜空に見えるお月様でも。街中ですごい車を見たとか、イニシャルDにハマったとか、天文台で見た月が綺麗すぎたとか。視点を変えたらかっこよく見えちゃった、って話です。当たり前だった筈の物と、当たり前じゃない出会いをしちゃった訳です。かっこよくて憧れた、惚れた!っていうのは理屈を超えた強力な原動力になり得ます。私がカレーが好きなのも、どこかで当たり前じゃないカレーと出会ったからこそ、好きな食べ物(飲み物)になったんだと思います。

 

時には当たり前と思っている物にも、別の注意を向けて見ると、新しい発見があるかもしれません。

 

長いところありがとうございました。

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